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十二の動物の神様

 それはそれは昔のことだった。神様は一年を十二の月にお分けになった。そして十二年でひとつの区切りにした。
 その十二年の一つ一つの年に、動物を選び、初めて動物の神様を作ることにしたのだ。





 神様の住む宮殿は美しいところ、真ん中にひときわ高い神殿がある。宮殿は高い塀で囲まれ、正面に大きな門があった。その門に神様は御触れをお出しになった。

≪来る月の新月の日、十二の動物の神様を決めることにする。我こそと思うものは集まりなさい≫

 その噂は国中の動物達に、あっという間に伝わった。でも、噂を聞いても何のことなのか分からない動物、いつなのか分からない動物達もいっぱいいた。ただ、「わい、わい」と騒いでいるだけの動物もいた。なんだか国中が楽しそうだった。





 宮殿からかなり離れた山の麓にも、その御触れの話は伝わった。小屋にいた一頭の牛がその話を聞き、

「モー!大変、モー、遠いんだから。モー、出かけなくっちゃ!」

と、出発の準備を始めた。まじめで、のろまの牛は、今回の御触れは神様の命令で、みんな集合しなくてはいけないと思っていた。宮殿までは遠いし、自分は歩くのが遅いから、明日早く着くのには今から出なくてはと思って仕度を始めたのだ。
 牛は昔々、のんびりと歩くだけで走らなかった。のろまだけど力があったので、人間にその力を貸していた。畑仕事や荷物運びだ。そして人間は、牛にお礼の餌を沢山と、牛小屋を作ってあげた。今のように牛が走るようになったのは、人間が牛乳をとったり、肉を食べたりするために追いかけるようになったからだ。



 牛の準備の様子をずっと見ていた小さな動物がいた。牛小屋の屋根裏に住む鼠だ。

「牛君はもう出発するんだ、僕は牛君よりずっと小さいけど、走るのは牛君よりずっと早いから明日出発すればいいや」と、寝ようと思って横になったけど

「そうだ!いいことを思いついたぞ」と、又飛び起きた。

「牛君の背中の荷物の中で寝ていけばいいんだ!」

賢い鼠は牛の荷物の上にヒョイッと飛び乗って、荷物の中にゴソゴソッと入り寝てしまった。


 あくる日の新月の日、お月様は細い三日月でまだ薄暗い中、牛は宮殿の正門に到着した。門は固く閉じたままだ。

「どうしたら門が開くのだろう?」

しばらくウロウロしていたけど門は開かない。

「モーッ!どうしたらいいんだろう、モーッ!」

すると、門がゆっくりと開き始めた。門の外で「モーッ!」と鳴いたからだ。

 その声に驚いたのは背中の荷物の中に、ぐっすりと眠っていた鼠、目を覚まして周りをキョロキョロ見回した。一度だけ来た事のある宮殿だ。

「そうか、宮殿に着いたんだ!」

 小さい身体で、大きな伸びをすると、牛の背中からピョンと飛び降りて、神殿に向かって一目散に走り出した。

 神殿の真ん中のキラキラする椅子に、神様は、今起きたばかりの様子でまだ少し眠そうに座っておられた。横には御付きの人たちが十人ほど居て、神様のすぐ横にある止まり木には尾の長い白い鶏が止まっていた。

「神様おはようございます!」

と、鼠が小さくなって挨拶をしたが、もともと小さい鼠がさらに小さくなっているので、お腹が少し出て、ふんぞり返っている神様には声はすれども姿が見えない。

「昨日少し飲みすぎたかな?」

 神様も、人間のお父さんと似ているところがあるのだ。御付きの人が静かに黙ったまま神様のほうを向き、手のひらを下の方に向けた。神様がその方向を見ると、そこに小さな鼠がチョコンと座っていた。

「おお、鼠か、其の方が動物の神様の一番目じゃ!ご苦労!」

 御付きの一人が紙に書き付けた。一番目、子(ね)、鼠。
鼠はビックリしながら、教えてもらった出口に向かった。

「僕が動物の神様の一番だって?牛君のおかげだ。ビックリして宮殿に飛び込んだけど、牛君どうしたんだろう、悪いことしちゃったかな、出口のところで待っていよう」

 その頃牛は、丁度神様の前に到着した。

「よく遠方より来た。君は動物の神様の二番目だ」

 二番目、丑(うし)、牛。御付きの人が紙に書いた。同じように出口の方へ行くと、そこに鼠が待っていた。

「牛君ごめんね、お礼も言わなくて一番に駆けつけちゃって」
「モー!いいんだよ、僕も二番目の神様になれたんだから。ところで、一緒に帰れる?来る時、普段のんびりやの僕が一生懸命早く来たので、帰り道が分からなくなってしまったんだ」
「そんなことならお安い御用、僕は前に一度来たことがあるから、帰り道は良く分かるよ、教えてあげる」

 そう言って牛の背中に乗ると、牛と鼠は仲良く家に帰っていった。それ以来、鼠は牛に恩を感じ、なんでもかじり、何でも食べる筈なのに、牛乳と牛肉は食べなくなったという。





 さて、正門から三番目に入ってきたのはどの動物だったのかな? それは、虎だった。

 虎は前の日に、猫が大好きなマタタビの入ったお酒を沢山飲んで、ベロベロに酔ってしまった。でも神様を選ぶ日は頭の中でしっかりと覚えていたのだ。家に帰るより宮殿の方が近かったので、宮殿に向かってフラフラ、ヨタヨタと歩いてきて、門に着くとそのまま寝てしまった。
 今でも、酔っ払いのことを、虎とか、大虎という。今まで猫のようにおとなしかった人が、お酒を飲むと虎のように変わってしまうからだ。酔っ払いを取り締まるのを、虎退治というのもその為である。虎はとにかく昔からお酒が大好きなのだ。

 虎はボンヤリと夢の中で、牛の「モー!モー!」を聞いていた。

「おいしそうな鳴き声だなー」

と、思ったとたんに、お腹がすいてきた。寝ながら薄目を開けて見上げると宮殿の正門だ。

「そうか、今日は神様を決める日だ」

 大きな身体を起こすと、丁寧に自分の身体を舌で舐めて毛並みを整えた。身だしなみを整えると、先程まで酔っ払っていたのが嘘のように、見違えるほど立派な虎になった。その頃になると、すっかり夜が明けて、正門の正面に立つ虎に朝日が当たり、金色に輝いた。

「ガオー!!」

と、一声吼えると扉が開き、虎はピカピカの金色と黒の縞模様の身体で「ノッシノッシ」と、一歩一歩神様の前に進んだ。神様はその美しさにしばらく見とれていらっしゃったが、我に帰ると、

「見事じゃ、お前を動物の神様の三番目とする!」
「ありがとうございます。ガオー!」

 その時、今まで置物の様に動かないで止まり木に止まっていた、神様のすぐ横の白い鶏が羽をバタバタと広げた。何故かというと、神様の息も、虎の息もとても酒臭かったからだ。御付きのものも左の袖で何気なく鼻を覆い、右手だけで、三番目、寅(とら)、虎。と書いた。

 虎が帰って行った後、神様はなんとなくニコニコしておられた。金ぴかの椅子に座った神様と、金ぴかの毛並みの虎、「ノッシノッシ」と歩くところ、それに、お酒が好きなところ、それぞれが良く似ていたからだ。





 神様がニコニコしながら門の方に目を移すと、開けっ放しになっていた門から、二匹の動物が飛び込んできた。普段、門は閉まっていて、声をかけなくては開かないのだが、門番の者たちが虎の立派さにすっかり見とれていて、少しの間、閉めるのを忘れていたからだ。
 飛び込んできたのは、今では皆知っている白のメス兎と、神様は知っているけど皆は本物に逢ったことのない竜だった。神様は最初驚いた、見たことのない動物が飛び込んできたからだ。

「お前は何者じゃ!」

少し厳しい声でたずねた。

「ハー! ハー! 兎です」

逃げるように、声も出さずに門から先に入ってきた動物が言った。

「うさぎ?」

 神様は疑うように前にいる動物を見た。それはそうだ、その頃の兎は、茶色の毛並みで、耳も短く、目も黒く「キュッ!キュッ!」と鳴く動物だったのだ。ところが、今神様の前にいるのは、毛は真っ白で、耳が長く、目が赤い色をしているのだ。話を聞いてみると、動物の神様を決めるというので、巣穴を出て宮殿に向かって、草原を走っている時は、普通の兎だったという。草原の中程まで来た時、空に雲が出てきて急に曇り始め、そして、その雲の中から、見たこともない怖い顔をした動物が現れたというのだ。兎は食べられちゃうと思い、必死で宮殿に向かって逃げて来た。あまりに怖かったので、茶色の毛は真っ白になり、追いかけて来る動物が気になり、耳が後ろに長くなり、長いこと泣き続けて走ったので、目が赤くなってしまったというのだ。そして「キュッ!キュッ!」と鳴くことも出来なくなってしまっていた。

 そこまで話を聞いた神様は、兎を可愛そうに思い、こうおっしゃった

「お前を兎と認めよう。そして動物の神様の四番目とする」

 ビックリして白い兎を見ていた御付きの人が慌てて紙に書いた。四番目、卯(う)、兎こうして白い兎は神様となった。 

「ありがとうございます」

 兎は喜んで又泣いた。赤い目はさらに真っ赤になった。こうして、今皆が知っている白い兎が誕生した。今いる白兎は、皆、神様になった兎の子孫ということになる。もちろん、白い兎になる前の、茶色で、耳が短く、目が黒くて「キュッ!キュッ!」と鳴く兎もいる。「鳴き兎」と呼ばれているのがそうだ。神様になった白い兎は安心して、それからどんどん大きくなった。しかし、大きくて良く目に付くので他の動物に狙われて、数が減ってしまった時がある。そこで人間が飼うようになり、数を増やした。神様も、それまで一匹しか生まれなかった子供を、たくさん産めるようにしてあげた。

 さあ、その驚いた白い兎の後に宮殿に入った竜はどうなったんだろう。

 神様は少し叱る様に、

「おまえは何故兎を追いかけたのだ!」

 と、竜に聞いた。竜はすっかりしょげて頭を垂れて、

「すみません」

 と、あやまった。話を聞いてみよう。

 竜は普段地上に降りることはほとんどない。姿を見たものもほとんど居ない。あの雨の降りそうな厚い雲の上に居て、地上からは見えないからだ。しかし、神様は竜のことも良く知っていらっしゃった。だから、竜の住む雲の上にも神様の御触れは伝わった。竜は是非参加しようと思い、雲の上から顔を出した。どこに行けば良いのか、地上の動物に聞こうと思ったからだ。そしたら、草原を走る茶色の兎がいた。それで、雲の上から兎に声を掛けた。

「ヒュー!ヒュー!ゴロゴロ、ピカッ!」

 兎は驚いて逃げた。

「違うよ!ウサギさん、道を聞きたいだけなんだよ!ヒュー、ヒュー、ゴロゴロ、ピカッ!」

 その「ヒューヒュー、ゴロゴロ、ピカッ!」が怖くて、ほかの言葉は兎には聞こえなかったのだ。兎は、それはすごい速さで逃げた。今まで茶色だった兎はその時恐怖で、白くなってしまった。

「大丈夫?ウサギさん。ピカッ!ゴロゴロ、ヒュー、ヒュー!」

 兎は益々逃げて、門が開きっぱなしになっていた宮殿に、声も出さずに逃げ込んだのだ。その様子と同じ様に走るのを、「脱兎の如く」と言うのは、こんなことがあったからだ。悲しそうにうつむいてしまった竜を見て、神様はこうおっしゃった。

「そうだったのか、良く分かった。お前は、本当は心の優しい動物なのに、地上にすむ動物は人間も含めてお前の顔と、その[ヒュー、ゴロ、ピカッ]には驚かされるからなあ」

 少し、考えてから神様は、

「わしに任せなさい。約束通りお前を、動物の五番目の神様とする!」

 御付の人が紙に五番目、辰、(たつ)、竜と書いた。

それから、神様は竜には、しばらくの間雲から顔を出さないように言い、兎には事実を伝え、誤解のないようにして、友達になってあげるように話した。兎は了承した。神様は竜が雲から顔を出さなくても良いように、満月の日に兎を月に送った。それからは、竜は満月の日に雲の上で月の兎に向かって、いろいろとお話出来るようになった。他にも神様は、竜が地上の者にも知れ渡るように、宮殿の壁や、天井や、旗にまで竜の姿を描き、竜の宣伝をした。お祭りの日には、実物に似せた竜を作って踊らせた。あとは、地上の人間や動物たちがあの「ピカッ、ゴロ、ヒュー!」に慣れれば、竜は雲の上からこの地上に降りて来るかも知れない。





 太陽がすっかり昇り、宮殿はお昼になろうとしていた。そのとき、正門の前には蛇が到着していた。もうかれこれ二十分も門の前をウロウロとしていた。兎と同じで話は出来ても、大声を出したり、吠えたり、鳴いたりすることが出来ないので、門が開かないのだ。その頃の蛇は、今の針鼠と似ている動物だった。ちゃんと四本の足があり身体には硬い針があった。何十回扉の前を行ったり来たりしただろう。小さいのでずっと背伸びをしていたのだが疲れて身体を低くした時のことだ、目の前に小さな節穴を発見した。顔を入れてみると頭ごと入った、遠くに神殿が見える。門番に開けてくれるように頼もうと思ったけれど、丁度お昼で門番たちは食事に行ってしまったようだ。どうしても動物の神様になりたい蛇は、決心してその穴から宮殿の中へ入ろうとした。全ての力を振り絞って身体を宮殿の中へと入れた。

「バリバリ!バキバキ!ボキボキ!」

 体中から音がして少しずつ身体が前へ出て行く。背中の針は取れ、前脚、後足も身体にめり込み、節穴の太さの身体になっていった。丸くてムックリしていた蛇の身体は細くて長い杖のような、紐のような身体になった。針のあった背中はつるつるになり魚の鱗のようになり、お腹は少しずつ前に出したので横縞模様になって、今までの蛇とはまるで違った姿になった。足がなくなってしまったので、身体をクネクネとくねらして神様の前にいった。丁度お昼の食事を終えたばかりの神様は、満足げにお腹をさすりながら、門の方を見ると、変な動きの変な動物がこちらに来るのに驚いた。

「其の方、何者だ!」

「蛇でございます」

「何、蛇だと、嘘を申すな!わしは神様だぞ、蛇がどのような姿、形をしているのか良く知っておる。似ているのは顔と頭だけではないか」

 蛇は、どうしてこうなったのかを、詳しく神様に説明した。

「成る程、門は開いていなかったなあ、それに、足があった証拠が残っておる」

 これは、のちに蛇の足、「蛇足」と言われるようになった。あっても意味がない。という時に使われる。

「それにしても、執念深いやつだなあ」

 一度、こうと思ったらとことんやる者のことを、蛇のように執念深いと言うのは、この時からのことである。

「分かった!自分の身体の形を変えても神様になろうとした、この長い蛇は六番目の神様だ!」

 御付きの者は恐る恐る変わった蛇を見ながら紙に、六番目、巳(み)、蛇。と書いた。






 あの走りが速く、美しい馬は、その日もいつもと同じ時間に起き、朝の散歩をいつもと同じ様にした後、宮殿に向かって走り出した。幾つかの山を越え、草原を走り、森の中の神秘的な湖で水を飲んだ後、宮殿の門の前に立った。前脚を上げ後足二本で立ち上がると、

「ヒヒヒーン!」

と鳴いた。そして前脚を降ろすと、

「ブルブルルン」

と美しいたてがみを振った。門が開くと顎を引き今まで以上に前脚を高く上げ見事な走り方で神様の前まで行きピタッと止まった。神様はその美しさに見とれながら、

「其の方は、七番目の動物の神となったぞ!」

と伝えた。馬は再び後足だけで立ち上がり、

「ヒヒヒーン!」

と鳴くと出口へ走り去った。その間およそ三分程、アッという間の出来事だった。御付きの者もポカンとしていて、あわてて紙に、七番目、午(うま)、馬。と書いた。






 馬が去った後、門の外がなんだか騒がしくなった。

「ガヤガヤ」 「ヒソヒソ」

と言っているのは羊の群れだった。

「ネーネーどうやったらこの門は開くの?」
「さあ、どうなんだろう?」

「我々は神様になれるのかなあ?」
「どうすればいいんだ?」
「誰も知らないの?」

 とにかく、騒がしい。その時その羊の群れの中でも長老と見られる羊が、

「静かにしなさい!」

と言うと、みんな静かになった。長老は言った。

「ここは神様の宮殿の前だ。静かにしないと、我々も神様に選ばれないぞ」
「ところで、この門は鳴くか、吠えるかしないと開かないと聞いている、どのように鳴くのか知っているものは居るか?」

 すると、皆黙ってしまい、首を横に振った。その時一匹の若い羊が、

「先程、馬が入って行くのを見ましたが、その時馬は後足二本で立って、ヒヒーンと鳴いていました」

と報告した。長老は皆にそのようにするように言った。羊の群れは皆一斉に後足で立ち、

「ヒヒーン」

と鳴いた。いや、鳴いたつもりだったのだが、その頃の羊はブーブーと鳴いていたので、馬の様にきれいにヒヒーンとは行かなくて、「ブヒヒーン、ブヒヒーン」となった。後足で立つのも馬のようには長く立つことは出来なくて、すぐ前脚が降りてしまい、中には立ちすぎて後ろにひっくり返ってしまうものもいた。それでも門は開いた。神様は一瞬沢山の羊の群れに驚かれたが、すぐ、皆に入ってくるようにと神殿まで招き入れた。羊の群れは緊張しながら、みんなくっついて神殿の前へ向かった。それはまるで白い大きな雲がゆっくりと動いているようだった。神様は羊の長老に尋ねた。

「あのブヒヒーンというのはお前たちの鳴き声か?」

 長老はあわてて答えた。

「ハイ、ハイさようでございます」
「そうか、今日からお前たち羊は八番目の動物の神様じゃ!」

 羊達は大喜びして、慣れない後足立ちをして、

「ブヒヒーン!ブヒヒーン!」

時々

「ブヘヘヘ、ブホホホ」

と鳴いた。

 その日以来羊はブーブーと鳴かずに、ブヒヒーンと鳴くようになり、ブーブーという鳴き声は、今までクチャクチャと食べる音はあったけど鳴き声のなかった豚に上げることにした。沢山の羊の群れが出て行った後、御付きの者は、八番目、未(ひつじ)、羊。と書いた。

 神様は、「ブヒヒーン!ブヒヒーン!」と鳴きながら帰る羊を、笑いながら見送られた後、又、正門に聞き耳を立てられた。





 門の前が又、なにやら騒がしい。今度は違う二匹の動物の声がする。

「ワン!ワン!」
「キャッ!キャッ!」

の鳴き声の他に、言い争うのが聞こえる。

「オレのほうが先なんだ!」
「イヤ!私の方が先!」

 どうやらオスの犬と、メスの猿のようだ。二匹はいつも争っている。門番も、鳴き声はするけれど門を開けていいものかどうか迷っているようだ。神様は、そんな門番に向かって、

「良いから、門を開けなさい」

と、おっしゃって、金色の椅子に深く座り直された。門が開くと、犬と猿が言い争いながら神様の前まで来た。

「そんなに争うのなら、お前たちを動物の神にするのはやめるぞ!」

 二匹はおとなしくなった。

「何故お前たちはそんなにいつも争うのだ、世間ではお前らのように争うことを犬猿の仲と言っている位有名だぞ!争いの原因を話して見なさい」

 話を聞いてみると、犬が門に先に着いたと思ったら、猿の長い尻尾の先がすでに扉に着いていたと言うのだ。

「成る程、猿知恵を働かせたのだな。分かった、犬、お前もオスだろう、メスと喧嘩するやつがあるか、メスを守ってあげるのがオスの役目じゃ。お前も神様に選ばれるのじゃ、詰まらぬことで喧嘩などしてはならんぞ!」

 犬はシュンとなって、思わず尻尾を巻いて一歩下がった。この時から負けて逃げることを、尻尾を巻く、と言う様になった。

「それから、猿、お前も猿知恵ばかり働かせていると皆に嫌われるぞ」

とおっしゃって、しばらくの間、いたずらばかりする長い尻尾を取ってしまわれた。今いる日本猿の尻尾がすごく短いのは、その為である。猿もシュンとなって、思わず顔を赤らめた。猿の顔が赤いのは、昔そんなことがあったからなのだ。 神様は、

「猿、犬、お前らを続いた年の神様にしない方が良いだろう」

と、隣の止まり木に止まっていた白い鶏に、

「お前が間に入りなさい」

と、おっしゃったのだ。

「九番目の動物の神様は猿。十番目がこの鶏。そして十一番目が犬じゃ」

御付きの者は大慌てで紙に、九番目、申(さる)、猿。十番目、酉(とり)、鶏。十一番目、戌(いぬ)、犬。と書いた。犬は神様になると、とても物分りが良くなり、よく手助けが出来るので、人間がとても喜び、可愛がった。人間と犬の友達関係はずいぶん昔からのことである。





さて、鶏は残り、猿と犬が帰った後、そろそろ夕方になり太陽が西の山に入ろうとした時だった。

「ドン!メリメリ!」

と、大きな音がして正門が突き破られ、一匹の動物が全速力で神殿に向かって来た。御付きの者も、神様も、傍にあった武器を持って身構えた。止まり木に止まっていた十番目の神様になったばかりの鶏はバタバタと羽根を広げて、

「コケコッコー!」

と鳴いた。神様の前でドタンと倒れて止まった動物は、牙のはえた猪だった。ゼーゼー言っている。

「この不届きもの!何故扉を突き破って入ってきたのじゃ!」

 答え様によっては、容赦しないという神様の態度に、猪は頭を低く下げ謝った。猪の話によると、その日の昼頃までは、宮殿に行くことを覚えていたのだが、三日前に子供が三匹生まれてその相手を忙しくしている内に、すっかり忘れてしまったというのだ。気が付いたのが、子供たちが皆おとなしく寝た夕方前だった。もう間に合わないと思い、諦めようとしたら、お母さんに、

「お父さん、子供たちの為にも、ダメでも良いから行ってきたら」

と、言われて、すっ飛んで来たという訳だ。猪の家から宮殿まで、ひとつも曲がらず、一直線に走ってきたそうだ。扉の前でも速度が落ちずに、扉を打ち破って初めて止まったというのだ。神様は、この家族思いで、子供思いのお父さん猪を許した。そして、

「お前が動物の神様の、最後で十二番目じゃ!」

とおっしゃった。それ以来、向こう見ずに猛然と突き進むことを、「猪突猛進」と言うようになった。御付の者は、最後であるのを確かめてから、十二番目、亥(い)、猪。と書き、紙と筆を片付けた。





 これで十二の動物の神様が全部決まった。神様は夕焼けに向かって手を合わせて一礼した後、大きく伸びをして、神殿から宮殿の奥にお帰りになった。肩には白い鶏の神様が止まっていた。今夜はおいしいお酒が飲めそうだ。何となく神様の足取りが軽そうだ。大事な一仕事を終えられたのだから、白い鶏も少しぐらいお酒の匂いがしても羽をバタバタしないで我慢することだろう。

 さて、動物の神様が決まった次の日のことだ、昨日猪が壊した扉はすっかり修復されていた。その正門の前に、一匹の猫が立って、

「ニャーオ」

と鳴いた。門番が扉を開けると、猫は得意げに言った。

「やっぱり僕が一番だ!朝早くから神様に挨拶する為にしっかりと顔を手で、何度もぬぐい、尻尾もなめてきれいにしてきたんだもんね、さあ、神様の前に案内して!」

 門番は初め猫が何を言っているのか理解できなかった。よく聞いているうちに、やっと分かった。猫は昨日と今日を間違えているのだ。

「気の毒に」

と思ったけれど、ハッキリと言った。

「猫さん、動物の神様を選ぶ日は昨日だったんですよ。今日じゃないんです」

 そう言って、門の前の張り紙を指差した。猫はキョトンとして張り紙を見た。そこには、昨日決まった十二の動物の神様の名前が書かれていた。

子(ね)、丑(うし)、寅(とら)、卯(う)、辰(たつ)、巳(み)、午(うま)、未(ひつじ)、申(さる)、酉(とり)、戌(いぬ)、亥(い)。

 十二の動物をひとつずつ見た後、猫の目は始めの、子(ね)、つまり鼠のところで止まった。

「あいつめー!許さん!」

 何でだろう?実はこういう訳だ。こうなる前までは、猫と鼠は敵同士でもなく、どちらかと言うと、仲が良い方だった。ただその頃から、鼠はちょこまか、チョロチョロ動きが早く、何でも見ているし、やるので、ちょっとずる賢く思われた。一方猫は暇さえあれば目をつむって眠っているので、他の者の考えていることなど分からずに、少し間抜けで、物忘れと思われていた。その通りで、猫は神様を選ぶ日を忘れてしまい、鼠に聞いたのだ。

「ねずみ君、何時だったっけ?」

 鼠はこの時正しい日を教えて上げれば、今でも友達でいられたのに、この物忘れの猫に、少しいたずらしてやろう、とひらめき、神様を選ぶ日の次の日を教えたのだ。でもその神様を選ぶ日になったら、猫を誘って一緒に神様のところへ行こうと思ってずっと黙っていたのだ。それがあの牛君の行動でそのまま宮殿へ行ってしまって、さらに一番目の神様に選ばれたのですっかり有頂天になって、猫君のことなど忘れてしまったのだ。それ以来猫は鼠を見ると追いかけるようになり、鼠は猫を見ると逃げるようになったのだ。いたずらも嘘も程々に、ということだ。

 この話も嘘だろうって?

  だから程々にして、この話も、このあたりでやめることにする。  

おしまい。


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